9年近く一緒に過ごした、うさぎのシェリーが旅立っていきました。
私は幼少期に遡っても、ペットを飼うのは初めて。
家族の心を癒すという目的がなかったら、
多分、生涯、ほしいほしいと騒ぐだけで飼うことはなかったと思います。
私に対してだけ当たりが強く、
私の声を聞けば足を鳴らして不満を表すし、
私の靴だけ靴紐を振り回して投げ飛ばすし、
私のワンピースで綱引きするし。
それでも、昨年夏は、子どもたちがヴァイオリン持ってレッスンに来ると、ポテポテポテッとなんとも可愛い音を立てて階段を降り、
玄関の子どもたちに挨拶をする、看板うさぎになりました。
みんな、シェリーと写真を撮って、毎週「今日はいないの?」と存在を認知するようになりました。
今思えば、子どもたちと充分コミュニケーションを取ってるつもりの私に
「みんなともっと仲良くなったら、レッスンもしやすくなるよ。
しゃーないな、手伝ってあげるわ」
とうさぎの手を差し伸べてくれていたのだと思います。

この夏、食欲不振から血尿、動物病院に行った時には「時はもうずいぶん前に過ぎている」と言われました。
もう、治療ではなく、残された時間をすこしでも楽に過ごせるかということでした。
11月が誕生日で9歳になるので、
そこまでは無理、この夏越すのが限界かも。が、私の直感ではあったのですが、
初診からわずか10日で明らかに最期を迎える様子となりました。
その日その日の予定がたたないまま、娘が帰省している時期であったので、
伴奏合わせに同席するため神戸へ。
ちょうど終わるタイミングで家族電話の着信がありました。
仕事をしにきているので、普段なら対応できる者に任せるのですが、
私の中で、心配は、シェリーと娘の心の二重だったのです。
電話に出ました。
泣き叫ぶ娘の声と、負けじと声を張り上げて今できる事を指示しつつも娘を励ます夫の声が聞こえました。
誰もがお別れを強烈に意識したけれど、そこから3日3晩、ぐったりするだけでなく、急にふらふらと普段と同じ行動をしようとしたり、どこにそんな力が残っているのだろうと思う力で抵抗してきたり。
そんなシェリーに娘は、
「痛いよね、怖いよね」と同調したり、
天国はきっと素敵なところ。と一緒に想像したり、
「大好きだよ、ずっと一緒だよ」と愛を伝えたり。
3日3晩、途切れることなく声をかけ続けました。
シェリーはその命で、愛すること愛されることを証明して旅立っていきました。

葬儀の翌日からレッスン復帰、
今までだって愛情をもってレッスンしてきたけれど、もっと深い感情を見つけられるかもしれない。
まだまだモヤがかかったこの気持ち、
形として見えるのはいつになるかわからない。
でも、探してみようと思う。
きっとシェリーにとって、いつだって、
“手がかかるしょうがないやつ”だった私。
最期にどのくらいの大きさかもわからない課題を出された。
天国から見張られてるから、日々模索していきたい。



コメント