長い長い目で

コンクール
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お家でレッスンをしていて、特にコンクールなど密接な事をしていると、私の中で色んな境界線が曖昧になることがあります。
特に、それを良しとしてくれるレッスン親子との間では、入り込み過ぎ注意に気が付きにくく。
もちろん、どうにかしてあげたいと思うあまりではあるんですが、
私はレッスン室の中で、どの立ち位置を守るべきかなと、一旦考えるタイミングがありました。

娘、涼音先生はレッスンを行う時、
「始めに必ず1回通して弾いてもらう」と言いました。
私もそうしていた時期はあり、この言葉を聞いた時はレッスン時間があまりに足りなくて、通して弾いてもらう時間がもったいなく、弾いてるそばから止めて注意をしていました。
でも、そうするとその週の集大成を本人が自覚しにくく、たくさん言われてもうけた気にはなりますが、次週の練習計画をたてれない。
そう感じてから、私もやっぱり、その週なりの成果をまず聴かせてもらっています。
目先の成長は早々に止まってしまうか、計画迷子になるように思います。


そんな想いの中、昨日コンクールだったgirls。
審査会場であるホールにはなんと、親すら入れない。
その後の結果に思い余る節や反省、喜び、全部自分で消化しないと次に繋がらない。
色々と心配していましたが、清々しくフレッシュな笑顔の写真が送られてきて、
なんだか胸がいっぱいになりました。

Mちゃんはその日のレッスンがどんな感じであってもメンタルが安定していて、
コミュニケーションがしっかりとれる。
この2点はかなりの成長のタイミングが期待できる気がします。

Sちゃんはほんとに頑張り屋さんと思います。
弱さを見せることはなく、自分に限界を作らないけど、近道をすることもなくて。
頑張りの先に“音楽”を見据えるようになれば最強と思います。

これも、少し前は、やってきたことが身内だけでなく、一度きりの審査員の先生にも伝わるようになるまで、皆まだまだだと思っていましたが、今回のような、弾き終えたスッキリした笑顔を目指すほうが難易度高いんじゃないかと思います。
そう思うと、昨年のgirls育成はちょっと遅れて実感出てきたなと感じています。


コンクールではないのですが、もう一人girl、
ここ何週間か、顔つきが明るい子がいます。
もう、書いちゃえば、「あ、うちの子だわ」とわかってしまうのですが、いつだって応援しているので書かせてください。

ママも私も、どうやって救い出そうか、あの手この手でした。
あの手この手の初期に「この先も音楽を続けていくと決めたことが変わっても全然いいんです。ただ、安易に“やめる”選択肢を作らないこと。」とお話していました。
低迷ターンの時、「これからのヴァイオリンについて話し合います」と。
昨年は浮上も低迷も首を突っ込んで一緒になって悩んでいたけど、人数が増えればややこしくなることもある。
親子の話し合い、取り決め、結果を全肯定しようと決めて、翌週を待ちました。
翌週までの間にKidsアンサンブルがあり、その日にまず、あれ??と感じました。
顔つきがスッキリしてる。
翌週のレッスンでは、音に自信が戻ってきてて。
彼女にとっても、話し合い、必要だったんだなぁと思いました。
レッスン終わり帰り支度しながら、ママにレッスンの報告をする彼女を見て、
まだまだ紆余曲折あるかもしれないけど、ヴァイオリンだけでなく毎日が前向けるね!と思っています。



そして、1ヶ月以上前になりましたが、娘、涼音先生の代官山教会リサイタル、
熱気とともに終演しました。
涼音先生のblogにもありましたが、
要領いいところにずっとずっと歯がゆさがあったのは事実です。
ここのところは曲のストーリー性と、喜怒哀楽に驚くことが多かったのですが、この日はそれを上回って、一粒ずつの“音”に対する愛着が目立ちました。
勢いのようで、勢い任せでない“音”の存在が、今までと同じようで全く違うもので、
これが、要領良さに頼らなくなった“音”なんだなと感じました。

そして代官山教会リサイタルでの親子ツーショット。

演奏後の満足な顔は私だけでなく、どのママにも嬉しいものです。

少し欲張ってたくさんの事を書きました。
ここ数日はペットの毛なのか、花粉なのか、空気の汚れなのか。目から涙が止まらなくて満足なメイクができないことが不満です(;_;)

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